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尼崎事故、特異な「転覆脱線」か…死者106人に

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事故の車両から運び出される遺体に手を合わせるJR関係者(28日午前、兵庫県尼崎市で)
 

兵庫県尼崎市のJR福知山線で25日朝、快速電車が脱線した事故で、県警と尼崎市消防局などは28日、先頭車両から高見隆二郎運転士(23)の遺体を含む計9遺体を収容した。今回の事故で確認された死者は計106人になった。
鉄道事故で100人以上の犠牲者が出たのは1963年に起きた横須賀線(横浜市)の鶴見事故以来で、戦後6件目。
一方、今回の事故は、カーブ内側にあたる右側の車輪が浮き上がり、そのまま先頭車両が軌道から逸脱して左側に倒れ込んだ「転覆脱線」だった可能性が高いことが28日、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調べでわかった。
過去にも国内で転覆脱線は起きているが、今回のように速度超過や急ブレーキが原因になったとみられる転覆脱線は極めて特異なケースで、事故調ではメカニズムの解明を急ぐ。

 過去の脱線は、運転ミスや踏切事故などを除くと、車輪とレールの間の摩擦がなんらかの原因で高まり、車輪がレールに接触しながら乗り越える「乗り上がり脱線」、または「せり上がり脱線」と呼ばれるケースが多い。2000年3月の営団地下鉄(現・東京メトロ)日比谷線の事故も乗り上がり脱線だったとされている。これら乗り上がり脱線では、左右のレールや、レール間の枕木に、車輪が乗り越えていった傷や痕跡が明確に残るのが特徴だ。
ところが今回の事故現場を事故調が調べた結果、〈1〉右側の車輪がレールに残した傷跡が見当たらない〈2〉レール間の枕木やバラスト(敷石)上を右側車輪が走った痕跡がない〈3〉左側レールの頂部にも乗り上がり脱線特有の傷がない――ことが判明した。

このため事故調は、今回の事故では、カーブ内側に当たる右側車輪が浮き上がり、レールや地面から離れたまま、先頭車両が左側に倒れ込み、軌道から逸脱した転覆脱線だったとの見方を強めている。
過去の転覆脱線としては、1978年2月、営団東西線が荒川鉄橋上で竜巻を受け車両2両が転覆した事故のほか、2003年7月に長崎県諫早市でJR特急かもめが落石に衝突して転覆、乗客ら37人が重軽傷を負った事故などがある。しかしこれらはいずれも、強風や落石など外的要因によるものだった。

これに対して福知山線事故は、速度超過と急ブレーキという、運転ミスが引き金になったと見られており、事故調は「従来とは全く異なるケース」と認定。救助作業終了を待って、事故現場のレールや車両を詳しく検証する方針だ。

 ◆104人目の遺体は運転士◆

マンションに突っ込み大破した電車の1両目については、県警や尼崎市消防局のレスキュー隊などが27日午後から車両に入り、徹夜で捜索・救助活動を進めてきた。しかし1両目は、先頭から乗降ドアまでの約5メートルが蛇腹状に押しつぶされて約3メートルほどに圧縮された状態。
車体と駐車場の内壁の間にも自動車が挟まっているため、捜索活動は極めて難航した。28日朝からは、重機を使って自動車を支えて固定し、車両を数メートル外に引き出して作業スペースを確保。改めてレスキュー隊が進入し、午前10時ごろから9遺体を相次ぎ収容した。

 104人目の遺体は、高見運転士と確認された。

(読売新聞) - 4月28日16時44分更新
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by rei_chan_1264 | 2005-04-28 17:16 | ☆彡玲子の日記☆彡